1.菅義偉内閣総理大臣は、本年10月1日から任期が始まる日本学術会議の会員について、日本学術会議が推薦した会員候補のうち6名の任命を拒否したが、いまだその具体的理由は示されていない。
当会は、下記の理由から、菅内閣総理大臣による日本学術会議会員候補者6名の任命拒否に抗議し、速やかな任命を求めるものである。
2.日本学術会議は、国の科学者を内外に対して代表する機関である。内閣総理大臣の所轄とされているが、政府から独立して職務を行うものとされている(日本学術会議法第1条~第3条)。
そもそも、かつて、日本学術会議の会員は立候補と選挙によって選ばれていた。その後、1983年の法改正によって、同会員は「優れた研究または業績がある科学者のうちから」、同会議が「選考し」て行う候補者の「推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」という制度に改められた(日本学術会議法第7条第2項、第17条)。この法改正によって日本学術会議の独立性が侵されるのではないかとの懸念の声があったが、国会審議における政府解釈では、任命行為は形式的なものであり内閣総理大臣の任命行為は会員の任命を実際に左右するものではないことが示されていた。
したがって、今回の任命拒否は、かつての国会答弁によって確認された立法者意思と政府解釈に反するもので、日本学術会議法の趣旨に反し違法である疑いが濃厚であり、かつ、日本学術会議の独立性を脅かすものである。
3.政府は、公務員の選定罷免権が国民固有の権利である(憲法第15条)ことを根拠に、今回の任命拒否を正当であると答弁する。しかし、憲法第15条は国民主権の一般的、抽象的な理念を掲げているに過ぎず、実質的な公務員任命権を定めているものではない。内閣が解釈の範囲を逸脱して恣意的な法適用を行うとすれば、それは内閣による新たな法律の制定にほかならず、国権の最高機関たる国会の地位や権能の形骸化につながるなど、憲法の根本原則である三権分立を脅かしかねない。
また、日本学術会議が公金で運営されていることを根拠に内閣総理大臣の実質的な任命権を肯定する議論も存在するが、これこそまさに権力を背景にした学術研究活動への政治介入を許容する議論であり、権力を抑制することで人権保障を図る立憲主義とは相容れない。
4.さらに、諸外国の憲法において、独自の条項で学問の自由を保障する例は多くはないにもかかわらず、日本国憲法においては特に学問の自由(憲法第23条)が規定されている点にも留意すべきである。これは、明治憲法下における滝川事件(1933年)、天皇機関説事件(1935年)などのように、学問の自由ないし学説の内容が、直接に国家権力によって侵害された歴史を踏まえて特に規定されたものである。ちなみに、この2つの事件はいずれも法学者に対する弾圧であった。そして、今回の任命拒否の対象候補者に含まれる法学者にも、政府の提出した特定秘密保護法(2013年成立)、安全保障関連法(2015年成立)、共謀罪法(2017年成立)のいずれかの法案に反対の立場を表明したことのある者が含まれている。
当会は、政府と異なる法解釈を示した法学者が、国の科学者を内外に対し代表する日本学術会議から排除されようとする事態を、法律家団体として見過ごすことは決してできない。
5.当会は、本年4月に、憲法の基本原理を擁護する立場から、準司法官として職務と責任の特殊性を有する検察官の政治的中立性や独立性が脅かされる法案に反対する声明を出した。
これと同様に、今回の任命拒否に対しても、当会は、学問の自由をはじめとする憲法の基本原理を擁護する立場からこれに抗議し、当該候補者6名の速やかな任命を求めるものである。
2020(令和2)年10月30日
旭川弁護士会 会長 林 孝幸