「特定商取引法等の書面の電子化に関する検討会(消費者庁)」で取りまとめが進んでいる書面交付電子化に関する政省令の在り方について、当会は、この時点において、以下の3点が特に重要な問題点と考え、意見を述べます。
第1 電子交付につき消費者から「真意に基づく明示的な承諾」を確保する方法
1. 検討会では、書面による承諾取得の方法を維持することはデジタル社会の推進に逆行するとの意見が主張されています。
2. しかしながら、国会が、デジタル社会形成関係法律整備法により電子データによる提供を可能とする32法律の一括改正を行った際、政府は「消費者による契約解除の申込み」など「消費者・弱者保護や紛争防止の観点等から書面とすることに意義が認められるものは対象としない」という例外方針を明示しています(第5回成長戦略ワーキング・グループ資料4、内閣府規制改革推進室「押印・書面の見直しに係る法改正事項について」)。
例えば、整備法のうち宅地建物取引業法は、重要事項説明書(同法35条8項)や契約書面(同法37条4項)の電子化は認めたものの、クーリング・オフの告知書面(法37条の2、省令16条の6)についてはあえて電子化の対象としていません。
3. そもそも特定商取引法等の取引類型は、事業者主導の不意打ち的もしくは利益誘導的な勧誘行為により消費者の冷静な意思形成を歪めやすい特徴があることから、口頭や電話だけでの承諾では真意に基づく明示的な承諾と認定できない場合が少なくありません。
国会質疑における政府参考人答弁のように、①特定継続的役務提供のうち悪質業者による被害発生のおそれが低い分野のオンライン完結型取引(契約締結から役務提供までオンラインで完結する取引)に限り、例外的に電子メールによる承諾の取得を認めることとし、②その他の分野は書面による承諾を得てその控えを消費者に交付する方法がとられるべきです(第204回国会・参議院地方創生及び消費者問題に関する特別委員会会議録第12号(2021年5月28日)11頁、27頁)。
第2 電子データの提供とクーリング・オフの起算日
1. 検討会では、他の法令との整合性等を根拠に、電子データが消費者側のメールサーバーに届いたときに到達したものとみなし、この時点をクーリング・オフの起算日とするとの意見が事業者側から主張されています。
2. しかしながら、上述したように特定商取引法等の取引類型が、事業者主導の不意打ち的もしくは利益誘導的な勧誘行為により消費者の冷静な意思形成を歪めやすい特徴をもっていることを考えると、消費者が事業者の勧誘をうのみにしたまま誤認等に気付かず、実際には申込及び契約書面に代わる電子データ(電子メール等)を見ないままで、クーリング・オフの機会を失ってしまう事例が多発してしまうことは明らかです。
3. 不適正な勧誘により不本意な契約被害が発生しやすい特定商取引法等の対象取引においては、クーリング・オフ制度を消費者に現実に告知することは他の法令よりも一層重要です。
従って、消費者が電子データを閲覧・保存した上で、確認メールを送信した日もしくは事業者が消費者による閲覧・保存を確認した日をクーリング・オフの起算日とすべきです(日本弁護士連合会「特定商取引法等の書面交付義務の電子化に関する政省令の在り方についての意見書」14頁(2022年5月9日)。
4. ここで非常に重要な点は、令和3年改正法が消費者の「電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時」に消費者に到達したものとみなす旨規定した(同法4条3項等)ことから、これをそのままクーリング・オフの起算点としてしまうと、制度の存在意義、沿革、その時々の国会の立法者意思に反することになってしまうという点です。
もともと、昭和63年改正前の訪問販売法は、クーリング・オフができることを「省令で定めるところにより告げられた場合において、その告げられた日から起算して7日を経過したとき」(旧法6条1項1号)という規定内容でした。その後、昭和63年改正でクーリング・オフ事項が法定書面の必要的記載事項とされた際の国会審議における政府答弁も「クーリング・オフができることを知らせなければならない」という考え方であるとの答弁でした(第112回衆議院商工委員会第7号における末木政府委員発言)。
いずれもクーリング・オフができることを事業者が消費者に告げることが重要な目的とされてきました。
以上のように書面交付と事業者の説明義務によりクーリング・オフ制度を実質的に保障することが、従前からの国会の立法者意思であり、令和3年の改正法制定によってもこれが否定されたわけではありません。少なくとも、同改正時の国会の立法者意思は、消費者のクーリング・オフを無意味なものにしてしまう事態を招くことを、想定していないと考えます。
従って、今回の政省令の策定においても、電子データが消費者の電子機器のメールサーバーに記録された時期を形式的にクーリング・オフの起算点とするのではなく、電子データに記載されたクーリング・オフ事項を消費者が実際に閲覧したことを事業者が確認しなければ、クーリング・オフの告知があったとは評価できないことが制度設計の大原則とされるべきものと考えます。その際、省令・府令により書面交付と事業者の説明義務とを関連づけて定めた法令(金融商品取引法37条の3と金融商品取引業者等に関する内閣府令117条1項1号、電気通信事業法26条1項と同法施行規則22条の2の3第3項)などを参照すべきと考えます。
第3 最後に、高齢者については、判断能力の低下により特に悪質業者のターゲットになりやすいことから、見守りの観点が重要であり、販売業者は、家族等への情報提供の希望がないかどうかを確認する義務を負い、希望がある場合には家族等へ法定記載事項を記載した電子データを同時に提供することとすべきです。
国会審議においても、政府答弁でこの見解が示され、参議院附帯決議でも、「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」とされており、この点の、政府、国会の立法者意思が尊重されるべきと考えます。
以上
2022(令和4)年6月22日
旭川弁護士会 会長 池田 めぐみ