再審制度は、裁判に重大な誤りのあることが判明した場合に、冤罪被害者を救済するための手続である。しかし、刑事訴訟法のうちわずか19条の再審に関する規定(刑事訴訟法第4編「再審」第435条ないし第453条。 以下、「再審法」という。)には、再審審理に関して証拠開示等の具体的規定がなく、裁判所の広範な裁量に委ねられている結果、裁判所ごとに審理の進行、内容及び結論に差異が生じるいわゆる「再審格差」といわれる問題が生じている。また、再審開始決定に対する検察官の抗告が認められていることと相まって再審請求の審理長期化が常態となっており、制度の理念にもとる事態となっている。
そこで、当会は、冤罪被害者の救済という理念にかなう適正な再審審理手続の早期の実現を求め、以下のとおり決議する。
第1 決議の趣旨
当会は、国に対し、下記の点につき早期の再審法改正を求める。
1 再審請求における証拠開示制度の整備
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
3 再審請求に係る国選弁護制度の整備
第2 決議の理由
1 現行法の問題点
2023(令和5)年3月13日、東京高等裁判所で、袴田事件の第2次再審請求の再審開始決定が出された。申立てから15年が経過しており、1981(昭和56年)年4月の第1次再審請求申立時から通算すれば42年が経過している。再審開始にこれほどの時間を要するのは、現行再審法に証拠開示に関する規定がなく、検察官のみが保有する証拠の開示の是非が、各裁判所の広範な裁量に委ねられているためである。また、現行再審法では、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められているため、裁判所が再審開始決定を出した場合に検察官が不服申立てを行う多くの事件で徒に審理が長期化している。
冤罪の疑いのある事件については一刻も早い再審開始の道をひらくべきであり、審理遅滞の原因となっている制度を早急に改めることが必要である。
2 証拠開示制度の整備
現行再審法では、証拠開示手続が法定されておらず、「再審格差」と批判されるほど、担当する裁判官ごとに審理進行の内容や審理の結論が相違している。しかし、こうした相違は、裁判員裁判の施行に伴って実施されている現行刑事訴訟法の証拠開示制度と同様の証拠調べ手続を審理方式として法定し、すべての裁判所において統一的な運用を行うことで解消可能であり、他方で、再審開始手続において同様の証拠開示制度の導入・運用を妨げる事情はない。証拠開示を適切に実施することが審理の充実に直結することは、2010年代の再審無罪判決事案(布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件)において、通常審の段階からすでに存在していた証拠が、再審請求時に検察側から初めて開示され、再審開始及び再審無罪判決の決め手となった事実からも明らかである。
証拠開示制度の重要性は、証拠の偏在を解消するという意味において裁判員裁判制度でも特に重視されているところであって、その重要性は再審制度でも同様であり、証拠開示制度を整備することが手続的正義に資する。そして、その前提として、検察官が記録や証拠の保管・保全を適切に行うよう定め、必要な場合は裁判所が指示できることとすべきである。
3 検察官不服申立ての禁止
現行法は、再審請求人の再審開始申立に対し、裁判所が再審開始決定を出した後、再審公判が開始されるという二重構造となっている。そのなかで、再審開始決定に対する検察官側の抗告を認める現行法は、複数の事案で、再審開始決定の確定までが著しく長期化する原因となってきた。この問題を解消するため、英米法圏では通常審においても検察官による上訴を認めていない。 実体的真実主義を採用し、不利益再審を認めているドイツですら、1964(昭和39)年には、再審開始決定に対する検察官の即時抗告を明文で禁止した。その理由として再審開始決定によって確定判決が利益変更される蓋然性が一度は認められ、確定判決の存在価値が揺らいでいること、仮に検察官が再審開始決定に不服であっても再審公判のなかで有罪の主張立証を行うことが可能であること、公開手続、直接主義及び口頭主義が適用される再審公判でこそ有罪無罪の判断を行うべきことがあげられており、我が国の現行再審法の問題点と共通している。
日本弁護士連合会が支援している再審事件のうち、一度は再審開始決定が認められたものの検察官の抗告により再審請求が続いている事件としては、名張事件では50年間、袴田事件では42年間、大崎事件では28年間、日野町事件では22年間にわたり再審請求が続いている。元被告人の死亡や、再審請求人らの高齢化が著しい現状において、冤罪被害者の速やかな救済という再審制度の理念を実現するためには、裁判所の再審開始決定に対する検察官側の不服申立てを禁じ、再審公判の前提としての再審開始決定確定の迅速化を図らねばならない。
4 再審請求に係る国選弁護制度
現行刑事訴訟法第440条は「検察官以外の者は、再審の請求をする場合には、弁護人を選任することができる」と規定し、再審請求人へ弁護人選任権を保障しながら、国選弁護人に関する何らの規定も定めていない。
再審請求には多大な労力を要し、適切な事実上及び法律上の主張、証拠の保全を要することを考えれば、再審申立を実質的に保障するためにも、早急に国選弁護制度を確立すべきである。
5 日本弁護士連合会の取り組み
再審法以外の刑事訴訟法が幾度も改正され、再審法の不備が一層明らかとなりつつある中、日本弁護士連合会は、2019(令和元)年5月に「再審における証拠開示の法制化を求める意見書」を公表、同年10月の人権擁護大会において、①再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化の実現、②再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止を含む再審法の速やかな改正を求める決議を採択、2022(令和4)年6月には「再審法改正実現本部」を設置し、本年2月17日に「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」を法務大臣等に提出、当会も参加した再審法改正全国キャラバンを実施して国民の理解を得るなど、再審法改正の実現に向け積極的な取り組みを進めている。
6 さいごに
当会は、日本弁護士連合会による「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」に賛同し、冤罪被害者の救済という再審制度の目的を達成するため、当会からも改めて再審法改正の必要性について訴えるものである。
当会は、国に対し、一刻も早く再審法を改正することを強く求め、特に再審請求手続における適切な証拠開示制度を整備し、再審開始決定に対する検察官の不服申立制度を廃止すること、また再審請求に係る国選弁護制度の設置を求める。
以上
2023(令和5)年6月23日
旭川弁護士会 会長 万字 達