当会は、旭川市及び旭川市議会に対し、貧困問題・ワーキングプア解消の見地から、公契約に基づいて労務に従事する者たちの適正な労働条件を確保するための公契約条例の制定を求める。
自治体が責任を負う仕事・公共サービスの担い手が多様化している。公契約とは、国や自治体が一方の契約当事者となって公共事業・委託事業・指定管理者などの仕事を民間事業者に発注する際に結ぶ契約のことである。
自治体にはそもそも、仕事を推進するにあたって、「最少の経費で最大の効果を挙げる」ことが地方自治法でうたわれている。かかる規定に加え、公務員定数の削減や財政難さらには積極的な行財政「改革」のもと、公務員(正職員)が減らされ、代わりに、臨時・非常勤職員(いわゆる非正規公務員)や民間労働者の活用が進められてきた。
後者に焦点をあてると、自治体が民間事業者に仕事を発注する際、より安い価格が追求され、結果、事業を受託する事業者はコスト削減を進めざるを得ない。しかしそのことは、賃金・労働条件の悪化をもたらし、労働力の確保や技能の伝承を困難にし、働く人たちにとっては、生活していくことが困難な低賃金問題を生じさせることになる。自治体がワーキングプアをつくり出している、いわゆる官製ワーキングプア問題の発生である。
公契約条例はかかる公契約のあり方を適正化するものであって、低価格発注を起点にうみだされている「悪循環」を、「好循環」にかえるものとして期待され、制定を目指す取り組みが全国各地で進められている。2009年の千葉県野田市における制定を皮切りに、現在、18の自治体で賃金の下限規制を設けた条例が制定されている。公契約の理念を定めた基本条例まで含めると制定自治体は30を超える。
条例が制定された自治体では、いずれも全会一致か圧倒的多数で議決されている。そのことは、適正な価格での事業の受注を通じた経営の改善、労働力の確保、技能の伝承など、公契約条例が事業者・事業受託者にとっても積極的な意義をもつものであることを示している。
日弁連及び各地の弁護士会は、貧困問題・ワーキングプア解消の見地から、公契約条例の制定を求める活動を重要な柱の一つとして取り組んできた。
札幌市では2012年に公契約条例案が市長によって提案され議会に付議されたものの、継続審議扱いとなり、翌年秋の議会で否決された。否決の理由として検討すべきことがらは多いものの、それまでの市の入札・契約のあり方が十分に検証されずに条例案が提案されたこと、また、業界労使の意見を吸い上げる機会のなかったことなどが関係者によって指摘されている。しかしながら、札幌市ではその後、最低制限価格の引き上げや総合評価方式の導入など入札制度の改善を重ねている。価格(一辺倒の)入札から政策入札の発想を取り込むこうした動きは高く評価できるものである。もっとも、現在も、札幌市における公契約条例の制定を求める声は衰えていない。
札幌のかかる動きに歩を合わせ、旭川でも、労働組合や研究者そして当会の弁護士も参加する「旭川ワーキングプア研究会」が、公契約条例の制定を通じた地域の経済・雇用の改善を目的に、2014年から活動を始め、各種の調査研究事業を行ってきた。2015年2月28日、日弁連「貧困問題全国キャラバン」の一環として、当会主催で「旭川でのワーキングプアの実態と公契約条例の可能性」を共有する市民集会を開催した。参加者はおよそ100人にのぼり、この問題に対する市民の関心の深さを示した。
旭川市では、2008年に「公契約に関する方針」が定められている。前文によれば、「方針は、本市の行う契約が公平、公正で透明性の高い入札・契約手続きのもと、契約の適正な履行を図りながら、市民が豊かで安心して暮らせる地域社会の実現に寄与することを目的」に定められた。「基本理念」では「地域経済の発展と地元企業の成長を支えるとともに、そこで働く市民の雇用環境をも視野に入れ、公契約としての役割と機能を発揮させ、市政推進に努める」ことがうたわれている。全国に先立ち、かかる方針を定め、市政が推進されていることは高く評価できる。
ところで、国レベルにおいては、建設産業における労働条件の悪化、若年層の入職・労働力確保の困難という事態をうけて、政府が、2013年から公共工事設計労務単価を大きく引き上げるとともに、「発注関係事務の運用に関する指針」を作成して自治体等の公契約の発注者に対して改善の取り組みを促すなど、一定の政策転換が見られた。
しかし、旭川ワーキングプア研究会が2015年9月から12月にかけて旭川市内の公共工事現場13か所を訪問して調査したところ、公共工事設計労務単価がどの職種でも引き上げられているにもかかわらず賃金に変化が見られない旨の回答が7割超に上ること、回答者全体の平均賃金が公共工事設計労務単価の7割程度にとどまっていることが、それぞれ判明した。政府の政策転換の効果は必ずしも現場には届いていないようである。
先に触れた千葉県野田市公契約条例の前文では、国の責任にもふれながら、自らもまた「このような状況をただ見過ごすことなく先導的にこの問題に取り組んでいくことで、地方公共団体の締結する契約が豊かで安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することができるよう貢献したい」と述べられている。旭川市としては「公契約に関する方針」からさらに一歩踏み込んだ、新たな対応が求められているといえよう。
以上の理由から、当会として、旭川市及び旭川市議会に対し、公契約条例の制定を強く求めるものである。
2016(平成28)年7月13日
旭川弁護士会 会長 廣田 善康