第1 声明の趣旨
我ら北海道弁護士会連合会、旭川弁護士会、釧路弁護士会、札幌弁護士会及び函館弁護士会は、
を求める。
第2 声明の理由
北海道は、全国の約22%を占める広大な面積を有し、また、特に冬期間は暴風雪が生じるなど厳しい自然的環境下にある。
そのため、北海道内の司法過疎地域に事務所を有する弁護士が刑事弁護活動を行う場合はもちろんのこと、地方裁判所(以下「地裁」という。)本庁に事務所を有する弁護士が地裁支部の刑事事件(以下「支部事件」という。)の弁護活動を行う場合、このような地理的、自然的に過酷な環境下にあることが大きな障害となっている。
(1)接見について
北海道内の地裁本庁に事務所を有し、支部事件を扱ったことのある弁護士に対し、被疑者が勾留されている警察署までの移動に関するアンケートを実施したところ、以下のような回答であった。
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上記はあくまで一例であり、冬期間にはホワイトアウトによる視界不良や路面凍結による交通事故の危険が増加するため、自家用車による移動時間は上記よりも更に増加する傾向にある。例えば、旭川市内から稚内市内の勾留場所まで、休憩を挟みながら片道5時間30分程度を要したという事例も報告されている。
また、交通途絶や移動に伴う危険を理由として、目的地に到着すること自体を断念せざるを得ない場合や、地域によっては大型動物との衝突の危険もある。
さらに、公共交通機関を用いる場合であっても、運行頻度の減少により長時間の待機を要する場合があるほか、悪天候等を理由に遅延・運休となることも少なくない。
このように、北海道内の弁護士が支部事件を担当する場合、接見に赴くだけでも多大な時間と労力を要し、かつ生命・身体に対する危険を伴う場合も多い。
これらの事情は、頻回での接見の妨げとなり、被疑者及び被告人(以下「被疑者等」という。)の不利益に繋がり得るものである。
(2)準抗告の申立て及び保釈請求について
準抗告申立て及び保釈請求(以下「準抗告申立て等」という。)に際しては、準抗告申立書及び保釈請求書(以下「申立書等」という。)の原本を裁判所に提出しなければならないこととされており、弁護人の事務所から裁判所まで距離がある場合、上記接見の場合と同様の理由により、申立書等の提出だけで多大な時間と労力を要する事態となる。
事務所所在地 | 裁判所 | 片道の距離 | 交通手段 | 片道の移動時間 |
稚内市 | 旭川地裁 | 250km | 自家用車 | 4〜5時間以上 |
枝幸町 | 旭川地裁名寄支部 | 100km | 自家用車 | 2時間 |
枝幸町 | 旭川地裁稚内支部 | 100km | 自家用車 | 2時間 |
枝幸町 | 旭川地裁 | 160km | 自家用車 | 3時間30分 |
留萌市 | 旭川地裁 | 80km | 自家用車 | 1時間30分 |
名寄市 | 旭川地裁 | 70km | 自家用車 | 1時間45分 |
倶知安町、岩内町 | 札幌小樽支部 | 60km | 自家用車 | 1時間15分 |
札幌市 | 札幌地裁苫小牧支部 | 68km | 自家用車 | 1時間30分 |
北海道内の弁護士に対し、申立書等の原本を裁判所に持参する場合の移動に関するアンケートを実施したところ、上記のような回答であった。冬期間において、移動時間や生命・身体に対する危険が更に増加することは、前述した接見の場合と同様である。
また、申立書等の原本を郵送する場合であっても、北海道内の地裁支部にある郵便局では、郵便最終受付時間が地裁本庁にある郵便局のそれよりも早い場合が多く、また仮に郵便最終受付時間前に提出したとしても、天候等の事情により提出の翌日に裁判所に到達しないといったこともある。
これらの事情により、北海道内の支部事件において準抗告申立て等を行った場合、地裁本庁での刑事事件に比べ身体拘束の解放までに時間を要することが多くなり、被疑者等の不利益に繋がり得る。
加えて、北海道内の多くの地裁支部では、準抗告申立てに対する判断に必要な合議体を構成できない裁判官の配置となっており、その場合、申立書等の原本が地裁支部に到達してから事件記録を地裁本庁まで運搬するため、最終的な判断まで更に時間を要することとなる。
(3)事件記録の謄写について
弁護士会、弁護士協同組合等に対して事件記録の謄写を依頼できない場合、弁護人やその代理人が謄写を行わなければならないが、弁護人の事務所から事件記録のある検察庁まで距離がある場合、事件記録の入手に時間を要するため、迅速な弁護活動に支障を生じることとなる。この場合に弁護人が多大な時間と労力を要する点は、前述した接見や準抗告申立て等の場合と同様である。
検察庁での事件記録の謄写を弁護士会、弁護士協同組合等に依頼できる場合であっても、特に地裁支部においては人員体制の関係から、謄写業務の頻度が少ないところもあり、事件記録の入手までに早くて数日を要し、中には2週間程度を要した事例も報告されている。
そのため、現在は弁護士会、弁護士協同組合等に事件記録の謄写を依頼できる地域であっても、弁護士会、弁護士協同組合等による謄写が行われなくなれば、弁護人自身が謄写を行わなければならなくなる可能性もある。
以上のような状況により、支部事件においては、事件記録の入手に時間を要することが多く、事件記録を踏まえての被告人との迅速な打合せが困難な常態にある。とりわけ検察官からの追加証拠開示が公判期日直前になされるような場合には、公判期日までに記録謄写や被告人との打合せが間に合わず、更に期日を重ねなければならない結果、被告人の身体拘束が徒に長期化するという弊害も生じているのが実情である。
2. 求められるIT導入のあり方
(1)被疑者等の防御権の向上に資する制度設計とすべきこと
以上のように、北海道内においては地理的、自然的条件が過酷であるため、弁護士が支部事件の弁護活動を行うにあたっては、多大な時間と労力を要し、かつ生命・身体に対する危険を伴うものとなっている。
北海道内の弁護士は、このような悪条件にあっても被疑者等の防御権が侵害されないよう、最善弁護に努めているが、このような状況は、ともすれば、被疑者等の防御権に影響を及ぼしかねない。
かかる状況を改善するため、刑事手続においても、オンラインでの接見の実施、準抗告申立て等のオンライン化、記録のデジタル化等、ITが積極的に導入されるべきである。
これに関し、政府は、令和2年7月17日、「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を閣議決定したが、同計画においては、刑事手続のIT技術の導入について、主に、捜査の利便性の向上や国民の負担軽減からの視点で言及されている。
しかし、刑事訴訟法第1条は、その目的の一つとして、個人の基本的人権の保障を全うすることを掲げている。また、そもそも被疑者等は、刑事手続の当事者であり、刑事手続におけるITの導入を検討するにあたっては、被疑者等からの視点を抜きに議論することは許されない。
現在、法務省において「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」が設置され、刑事手続におけるIT導入の検討が開始されており、今後、議論がより具体化していくものと思われるが、刑事手続におけるITの導入にあたっては、被疑者等の当事者的地位や手続保障が害されることがないようにすることは勿論、弁護人の活動や被疑者等の防御権の向上に資する制度設計とすべきである。
(2)地裁支部機能の縮小に繋がらないよう留意した制度設計とすべきこと
ITの導入により、裁判官の地裁支部への填補日の削減、裁判所職員の削減、裁判所機能の地裁本庁への集約等の事態が生じることが懸念される。とりわけ、裁判所機能の地裁本庁への集約化により、裁判官が被疑者等や証人と対面することなく、オンラインのみで刑事手続が進められることは、被疑者等の権利を害する懸念がある。例えば、国際人権規約、自由権規約9条3項は、逮捕又は抑留された者について、速やかに裁判官又は司法官憲の面前に連れて行かれることを保障しているところ、オンラインのみで勾留という重大な処分を下すことは、同項に抵触する疑いが生じる。
また、証人が被告人と直接対面せずに証言する場合、真実に反する証言をすることが心理的に容易になったり、反対尋問の実効性が損ねられたりする危険もある。
現状においても、地裁裁判官非常駐支部の弁護人が証拠保全の申立を行い、同手続実施のため裁判官の臨時填補を求めたにもかかわらず、裁判所において保全の必要性を認めながら、臨時填補を拒んだ事例が報告されている。これが地裁本庁の刑事事件であった場合、地裁裁判官による検証が速やかに実施されていたと考えられる。
本来、地裁本庁の刑事事件であろうと支部事件であろうと、被疑者等には同等の権利が保障されるべきことは言を俟たない。前記証拠保全の例のように、本来受けられるはずであった被疑者等の防御の機会が奪われることがあってはならない。
このように、現時点においても、地裁支部が被疑者等の手続保障に沿う形で適切に機能しているとは言い難いと目される事象も見受けられるところ、ITの導入によって刑事の諸手続がさらに地裁本庁へ集約され、その結果として被疑者等の防御権が奪われることはあってはならない。ITの導入は、地裁支部機能の縮小に繋がらないよう留意した制度設計とすべきである。
3. ファクシミリによる準抗告申立て等について
刑事手続におけるITの導入にあたり、準抗告申立て等のオンライン化を積極的に進めるべきことは上述のとおりであるが、ITの導入までには未だ時間を要することが予想される。
北海道内の支部事件で準抗告申立て等を行った場合、地裁本庁の刑事事件に比して、被疑者等の身体拘束の解放までに時間を要することは先に述べたとおりである。
不必要な身体拘束は速やかに解消されなければならず、また地理的、自然的な要因によってこれが解消されないことは重大な人権侵害であり、ITの導入を待つことなく、直ちに解消されなければならない。
準抗告申立て等を行う際、申立書等の原本の提出が必要とされる法的根拠は、刑事訴訟規則第60条及び第60条の2第2項第2号が弁護人作成及び提出にかかる書面への「署名押印」または「記名押印」を求めているところ、ファクシミリを用いての申立書等での提出では、上記「押印」の要件を満たさないと考えられている点にある。
しかしながら、ファクシミリにより提出した申立書等であっても、原本を確認しなければならない限定的な場合を除き、裁判官は十分判断を行うことが可能であり、全ての場合に申立書等の原本は必要ない。
そして、ファクシミリによる裁判所への書面提出は、既に民事訴訟手続で導入しているのであるから、刑事手続においても、法令の解釈の変更または法改正によって民事訴訟手続を参考に導入することは容易である。
よって、上述した被疑者等に対する重大な人権侵害を解消するため、刑事手続におけるITが導入され、オンラインによる申立てが認められるまでの間、準抗告申立て等について、ファクシミリを利用しての申立書の提出を可能とする法令の解釈の変更又は法改正を速やかに行うことを求める。
4. 国選弁護報酬について
(1)国選弁護報酬基準の不合理性
北海道弁護士会連合会は、平成19年度定期弁護士大会決議において、「国選弁護に対する報酬の大幅増額を求める決議」を採択した。
しかしながら、同決議から14年が経過し、また、北海道弁護士会連合会のほか日本弁護士連合会からの度重なる要請にもかかわらず、国選弁護報酬基準の抜本的な改善には至っていない。
国選弁護報酬は、報酬額が低廉である上に、その基準も弁護人の活動の制約につながりかねないほど不合理なものとなっている。
特に地理的、自然的環境が過酷な北海道の支部事件においては、接見や準抗告申立て等、事件記録の謄写などのために弁護人が多大な時間と労力を要することは先に指摘したとおりである。
そして、国選弁護における遠距離接見等加算報酬は、民事法律扶助の法律相談援助として実施する出張相談(以下「出張相談」という。)における出張手当の額に比してかなり低廉であるなどの不合理さが際立つ。
まず、国選弁護事件では、移動の直線距離が片道25㎞以上などの要件を満たす場合には、国選弁護人に遠距離接見等加算報酬が支給されるが、その支給額は1回の移動につき4000円又は8000円に過ぎない。例えば、旭川市内の弁護人が稚内市内に勾留されている被疑者と接見するために、片道250㎞、4~5時間もの移動時間を要するが、この場合の遠距離接見等加算報酬はわずか8000円であり、その移動時間や労力、移動に伴う危険性に見合うものとは到底言えない。
これに対し、出張相談では、法律相談費のほかに出張手当と待機謝金が支出されるところ、出張手当は事務所から法律相談援助を実施する場所までの移動時間が往復90分以下のときは5500円、往復90分を超え180分以下のときは1万1000円、往復180分を超えるときは1万6500円であり、待機謝金は待機時間が1時間10分以下のときは5500円、1時間10分を超えるときは1万1000円となっている。また、遠距離接見等加算報酬の要件である距離の起点は、弁護人の事務所ではなく、その事務所の所在地を管轄する簡易裁判所(以下「最寄簡裁」という。)となっていて、最寄簡裁から遠隔地に事務所を有する弁護人は移動の実態に合わない距離の算定をされるほか、最寄簡裁から移動の目的地までの距離は、実際の移動距離ではなく直線距離によって算定することを原則とするなど不合理な算定方法となっている。
これに対し、出張相談における出張手当は、弁護士の事務所から法律相談援助を実施する場所までの移動に要する時間を基準としていて、移動の実態に即した算定方法となっている。
さらに、勾留決定に対する準抗告申立書や保釈保証金を裁判所に持参した場合には遠距離接見等加算報酬が支給されるのに対し、保釈請求書や保釈請求却下決定に対する準抗告申立書を裁判所に持参した場合には同報酬が支給されないという不合理な区別がなされている。
このほか、事務所から120km離れた地裁本庁に係属する裁判員裁判対象事件において、弁護人の宿泊料が支給されなかったという事例も報告されている。
(2)適切な報酬基準は持続的な弁護活動のために重要であること
弁護人は、私選国選を問わず、最善弁護義務を負う。
北海道内の支部事件における弁護活動が多大な時間と労力を要し、かつ生命・身体に対する危険を伴うものであることはこれまで繰り返し述べてきたとおりであるが、北海道内の支部事件は限られた弁護士により支えられているのが現状である。
しかしながら、現在の国選弁護報酬基準は、少なくとも支部事件の弁護人の最善弁護を支えるに十分なものとはなっておらず、前述した低廉かつ不合理な報酬基準によって、支部事件の弁護人が最善弁護に努めれば努める程に採算を割り込む状況にある。
地裁本庁の刑事事件も含め、現在の国選弁護報酬基準は抜本的見直しが必要であるが、特に北海道内の司法過疎地域における刑事司法を持続可能なものとする観点からすれば、冬期間の移動に伴う危険性に対する手当の創設や、現在4000円又は8000円となっている遠距離接見等加算報酬を実際の移動距離や公共交通機関の待機時間も含めた移動時間に見合ったものとすることが必須である。
弁護人に対し、その役割と労力に見合う適切な費用を支出することは、被疑者等の防御権を実質化するために必要不可欠であり、このままの現状を放置したならば、支部事件の担い手そのものが不足し、司法過疎地域における刑事司法が瓦解する危険を招来しかねない。
よって、現在の国選弁護報酬の基準を、特に北海道内の司法過疎地域の実情に合致させることを含め、抜本的に改正することを求める。
令和3年11月8日
北海道弁護士会連合会 理事長 砂子 章彦
旭川弁護士会 会長 飯塚 正浩
釧路弁護士会 会長 伊藤明日佳
札幌弁護士会 会長 坂口 唯彦
函館弁護士会 会長 平井 喜一